デパートで買物をしている光景

そう性格の悪くない男でも、意志が弱かったり人一倍好色だったり、そのとき欲望処理の相手がいなかったりしたとき、その男にとって彼女は都合のよいエジキになる。そのとき、男は彼女にやさしく、夢中になっている彼女はそれを愛情のあらわれだと錯覚する。はるか年上の男と結ぼれるのは、多くはこのケlスである。恋してしまっているときは、相手や相手と自分との関係を客観的に判断する能力を失っている。その点をよく自覚すべきであろう。人生は、自分が思い込んでいるような状況につねにあるとはかぎらないものだ。嚢ある男の現実つぎに、委ある男との恋愛について。このケスは、最近ますます増えつつあるようだ。どうして既婚者を愛してしまうのか。おそらく彼女は、相手と相手の斐との生活を想像することができないのであろう。妥ある男に片思いしていた女が、ある日その男と妻とがむつまじくデパートで買物をしている光景を見た。夫婦だから、当然である。男は彼女に「棄との仲はよくない」とは言っていない。当然、想像されてよい光景である。断つように努めるようになった。にもかかわらず、その彼女は大きなショックを受け、失恋を意識し、その男への恋心をこれはおかしな話だ。妻がいるということを観念的に受けとめていただけで、それが何を意味するかを理解していなかったからである。その彼女の場合は、片思いだったから、まだよい。妻ある男が彼女のプロポーズに応じ、あるいは男のほうからプロポーズして、深い仲になった場合。その彼女が、男とその妻とがむつまじそうに歩く姿を見てカッとなって、その夫婦と夫ひ婦の聞にいた男の子を車で蝶いた、という事件があった。これなど、男と深い仲になる前からわかっていたことなのだ。彼女が目撃しなくても、男はそういう生活を営んでいるのである。「結婚している男」を、若過ぎる女はとくに、抽象的に考えてしまう。「結婚」という抽象だから、具体的には何も想像しない。ところが結婚生活とは、抽象的な結びつきではない。ともに食事をし、いろんな行事に揃って出、たがいに世話をし合いいたわり合い、経済生活をひとつにし、セック只をし、哀歓をともにしている生活なのだ。なかには、くだらん男がいて、「妻はいるが、不仲だ」とか、「おれの妻は冷たい」「おれも好きではない。機会をみつけて離婚したい」などと言っているが、そんなことばを信じるのは、おろかである。また、人によっては、「遊びでつきあっているんだから、奥さんがいようとこどもがいようと、ちっともかまわない」とうそぶく女傑もいる。