本心はけっして人には言わない

それはそれでけつこうだが、案外そんな女にかぎって相手に夢中になり、深く愛するようになり、やがて泥沼のなかであがくことになるものだ。手鍋提げても・・・の嘘第三に、おたがいの社会的経済的な状況があまりにもへだたっている場合。若い男女にとっては、多くの場合それは、おたがいの家の貧富の差として問題が提起される。いわゆる良家の娘が、貧しい家の勤労者と恋をする。当然、娘の親や知人は猛反対する。周囲の反対が強ければ強いほど、当時者同士の恋は熱くなる。このとき、「恋に身分の上下はない。みずからの真実に生きることこそ人の道だ」そう説くのは容易である。そして、タテマエとしてはたしかにそうだ。ある評論家が、いつもそういうことを言っていた。若い女たちに人気があった。その男の娘が、資産もなく年収も少ない青年と恋に陥った。青年は、健康なからだとりっぱな精神を持った男であった。性格的にもまったく申し分陶民、。品向しかし、評論家は娘の結婚に大反対した。いろいろと理屈をつけたが、本心は、わかっている。青年が貧しいのが気に入らなかったのである。彼は、自分の娘を自分の家にふさわしい家の息子に嫁がせたかったのだ。政治家にかぎらず、おとなたちはつねにきれいごとを並べたてる。本心はけっして人には言わない。世渡りの上手なおとなたちのその美辞麗句にだまされてはならない。かしこく生きるためには、世間的に成功した人間の本心を知る能力を養うべきである。それはさておき、どんな熱い恋心もやがては醒めるときが来ることを考えれば、ぼくは無条件に「手鍋提げても」好いた相手と添い遂げたほうがしあわせだ、とは言えない。世のなかはきびしく、人の心は移ろいやすいものなのだ。人はパγのみにて生きるものではない。しかし、パγがなくては生きて行けない。ある貧しい少女が、かつてぼくに言ったことがある。二十数年前である。\/・・しかしパンがなくては生きてはいけない「お金でしあわせは買えないけれども、お金がなくてはしあわせになれないわ」その彼女は、勤めていた会社の女社長の後継者となって、事業を大いに発展させて裕福になっていると聞く。彼女は今、金と幸福についてどんな考えを持っているであろうか。おそらく彼女は今は、「お金がなくてはしあわせになれないけど、お金でしあわせは買えないわ」と言うことであろう。同じことばも、順序を変えて言うと、響きがちがって来る。