男女の聞に年齢差がある場合

ふたりが結婚した場合に生じる障害などがわからないものである。わかっても、それがたいしたことではないように思えるものだ。熱が醒めるにつれて、かくれていたマイナスの条件が、しだいに大きくクローズ・アップされる。そのときはもうあともどり出来ない地点にいる。人はその人生でさまざまな後悔を味わうが、女の場合もっとも大きな後悔とは自分の過去の恋愛であることが多い。恋には現実という名の敵がいる年齢差を甘くみてはいけない今回は、恋愛におけるいくつかの障害について語ろう。まず、男女の聞に年齢差がある場合。これはしばしば生じる。ぼくのところにも、はるか年上の男を好きになってしまった十五歳から二十歳までの彼女たもの身の上相談の手紙は、じつに多く集まる。十七歳の少女が二十七歳の男を好きになる、一応、年齢差は大きい。しかし、十歳以上の男と結婚してしあわせな女の例は世間にはざらにある。だから、これは大きな障害ではない、と彼女は考える。また、その通りである。ただし、これは、二十五歳の女が三十五歳の男と恋愛して結婚するのとは、いささか条件がちがう場合が多い、ということをつけ加えねばならない。どんな条件がちがうか。二十五歳にもなれば、すでに多くの男性に接し、その年なりに人を見る目が出来ている。社会的な訓練も出来ている。自活できる能力もある。考え方も、かなり現実的になって来ている。十七歳の場合は、そうではない。彼が他の男にくらべてどれほど自分にふさわしいか、りつばか、それがまだわからないことが多いのである。したがってぼくは、二十歳前の彼女たちに対しては、「あなたの恋愛感情がまちがっているとか不幸をもたらすとか、そんなことは言わない。しかし、あと何年か、友人としてっきあいなきい」そう忠告することにしている。多くの場合、はるか年上の男への思慕の情は、片思いのうちに過ぎ、やがてあたらしい恋の対象があらわれる。その男に身を投げても、男は苦笑してその愛を受けない。「可愛い子だ」たとえそう思っても、いやそう思えばなおさら、恋愛状態に入るのを避ける。しかしときとして、男も彼女に「惚れて」しまうことがある。このときが危ない。やがて年齢差が壁になってその恋が破綻するとき、損をするのは年下の女のほうである。男はあまり傷つかない。もっとひどいのは、女の子の思慕の情を利用して、「よし、楽しんでやれ」という不還な気になる男がいるということである。